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リケジョは踊る

Ballet Shoes: A Story of Three Children on the Stage (Puffin Books)

 

 

バレエといえば、先日こんな本を読みました。

ノエル・ストレットフィールドの『バレエ・シューズ』という1930年代のイギリス児童文学です。

 

「そんな本知らねー」と思ったひと、実はタイトルを聞いたことあるかもよ。

わたしたちが高校生のころ大ヒットしたハリウッドのラブコメ『ユー・ガット・メール』、その劇中で言及されている本なのです。

 

"Noel Streatfeild wrote Ballet Shoes and Skating Shoes and Theatre Shoes and Dancing Shoes. I’d start with Ballet Shoes first; it’s my favorite. Although Skating Shoes is completely wonderful—but it’s out of print."

 

「ノエル・ストレットフィールドの本に『バレエ・シューズ』『シアター・シューズ』『ダンス・シューズ』っていうのがあるの。最初に読むなら『バレエ・シューズ』がおすすめよ。わたしは一番好き。『スケート・シューズ』もすごく素敵な本なんだけどーーでも、絶版なの」

 

児童書専門店の店長だったヒロインが、自分の本屋を潰した大型書店に足を運ぶ場面。専門知識に乏しい店員を見かねて本探しを手助けしてあげる名シーンなので、記憶にある方も多いでしょう。その『バレエ・シューズ』です。

 

『バレエ』といいながら、そんなにバレエは関係ないのが面白いところなのですが…。話を簡単に紹介すると「偶然同じおうちに拾われた血の繋がらないみなしご三姉妹が、火の車となった家計を助けるために、子役になってステージ・パフォーマンスでお金をかせぐ」です。その基礎としてみんなバレエを習いますが、踊りが大好きなのはまだ幼い三女だけ。だからバレエの優雅でキラキラした雰囲気よりも、「あーどうしたらお金稼げるかなー。わたしたち金食い虫だから家にもちょっと申し訳ないよね」と、現実の色が濃い。

 

肝心の保護者たちはあまり頼りにならず、子どもたちが知恵を出し合って自分の力で状況を改善するという点では、同じイギリスのネズビットの著作(『宝探しの子どもたち』『若草の祈り』)を思い起こさせます。あと『若草物語』もその仲間かもね(親が実務面で頼りない)。保護者がぼーっとしていると子どもがしっかり者になると言いますし、面白い児童文学が生まれやすい設定なのでしょう。

 

わたしがこの本を面白いと思ったのは大きく分けて2点。

 

①女子のキャリア教育文学のさきがけである

 

昔は、いや下手したら今も、女の子が職業訓練を受ける小説はそう多くありません。セーラもアリスもハイジもポリアンナも、「将来に備えてオックスフォードで法学の学位をとろう」とか「ひとつ大工に弟子入りして手に職つけるか」なんて言い出したりしません。貴族やジェントリなんかはそもそも働かないので問題外ですが、その他の階級でも働く女の子はめったに出てきません。ゆくゆくは結婚によって経済的に保障されるのが自明のことでしたし、未婚で通すなら実家や親戚が保護しました。女子の経済的な自立と、それを見越したキャリア教育が重要視されたのは近年のこと、なんて書くまでもないですね(書いたけど)。

 

例外はやはり孤児たちで、アンやジェイン・エア(他に誰がいたかなー)あたりは教育を受けて、教師やガヴァネス(一種の家庭教師)になりました。まぁだいたい教師しかないよね。昔の女の子が品位を落とさず働くとしたら。品位を落としまくって『ファニー・ヒル』も面白いのですが(18世紀の小説で、貧乏な田舎娘が娼婦になる話。こっちは親がいるにもかかわらず)。

 

『バレエ・シューズ』になると、もう少し選択肢が広がり、ダンスや演技でお金をかせぐことが可能になっています。しかも子どものうちからというのが興味深い。芸事の延長であると考えたらいわゆる「女の子にできる仕事」かも知れませんが、「女の子がダンスなんて、ステージに上がるなんて」と言われたころからすれば格段の進歩です。さすが1930年代、女性飛行士アメリア・イアハートが大西洋横断に成功した時代の文学だよ。

 

 

②リケジョの原型が登場する

 

イアハートといえば、実は三姉妹の次女ペトロヴァはリケジョ(エンジニア系)なのです。まず数学が得意。数字に強い。そして趣味は飛行機の専門誌を読むこと。

 

演劇の才に恵まれた長女と、ダンスの申し子とも言うべき末妹にくっついて舞踊演劇学校に通いますが、興味も適性もない彼女だけはレッスンを苦にしています。ペトロヴァが本当に好きなのは機械いじり。ストレス発散は知り合いのガレージに遊びに行って車の整備を手伝うこと。女の子でも運転手になれると聞いて、「よし、わたしは将来運転手になるぞおおお」と燃えます。

 

しかし家計を助けるため自分の欲求を犠牲にしなければならないのが、ペトロヴァの状況の悲しいところ。休日返上でレッスンやリハーサルに励む必要に迫られ、「ああ、またガレージにいけない…」と内心嘆くペトロヴァ。バレエシューズで踊るより、ジーンズ地のつなぎでトンカチやりたい女の子なのです。これは新しい。日本なんかいまだにそんな子は少ない。

 

で、その意味でラストがとても面白いのですが、ネタバレになるのでちょっとスペース空けますね。

 

 

 

 

 

 

 

物語の終盤近く、長女と三女はそれぞれチャンスを手にします。ハリウッドでの映画出演と、チェコスロヴァキアで高名なダンサーに教えを請う機会を。華々しく国外に飛び立とうとする姉妹を前に、おいてけぼりになるペトロヴァは涙をこらえます。そんな彼女に二人がこんなことを言うのです。「ねえ、いつか有名になって自分たちの名を歴史に刻もう!って誓い合ったけど、あれを実現するのはあなたよ。映画スターやダンサーじゃ歴史の本には載らないわ」

 

「え? わたし? どうやってよ」と戸惑うペトロヴァに、二人が口を揃えます。「だって飛行機乗りになって冒険するんでしょ。将来こんな風に書かれるわよ。『20世紀半ば最大の探検家はペトロヴァ・フォッシルであった。その功績により新しい経路が開拓され、物資輸送の時間短縮と経費削減に成功した。彼女が交易に革命をもたらしたのである』ってね」

 

「スターとダンサーじゃ歴史に名を残せない」というのはどうかと思いますし(レーガンとかさ)、探検というマッチョな領域に踏み込まないとダメなのか? という疑問はあります。でも、エンジニア系女子の夢がこんな風に応援されるのはかなり新しい。ということで、『バレエ・シューズ』といいながら、真の主人公はリケジョだったというオチでした。

 

繰り返しますが、この作品も時代の制約を受けていくつもの限界があります。また、ネズビットの作品ほどプロットがしっかりしていないので、「この物語どこに向かう気だ?」と思うこともしばしば。でも、女子の、とくに理系女子のキャリア教育に関して読む価値大いにアリです。近年エマ・ワトソン主演でBBCがドラマ化したそうなので、そっちで味わうのもいいねー。

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そして最後になりましたが、何があろうとヒキガエルさんは理系女子を心から応援しています。